私の『空(くう)』とは

大丈夫だよ~叡智は光の中にある~

『色即是空 空即是色』般若心経に出てくる言葉です。
仏陀も『空』を悟りました。

これを説明すると…
【空の本質】
全ての存在は、固定した独立した実体を持たない。
→「私」も「物」も固定した実体はない
全てはつながり、関係し合い、変化し続けている。
→ただ、縁起によって現れる。

高僧のしかも昔の言葉は、私のような凡人には今ひとつピンとこない、とかねがね思っていました。
分かるような、分からないような…。

しかし私は一瞥体験を通して、その概念を既に言葉にしていたのだと気づきました。
それは…『どうでも良い』という言葉です。
これが私の得た真理なのですが、説明もなしにこの言葉を投げかけると
「なんて投げやりな!!」
「諦めてしまったの?」
とよく誤解を受けていました。

私のいう『どうでも良い』とは例えば、
・エゴの境界線を越えれば、あなたは私で、私はあなた。だから『私』『あなた』の概念はどうでも良い

・『善と悪』などの二元論的な解釈も、ただ単なる各々の物の見方によるものだから、どうでも良い

・否定はエゴだけれど、否定を否定したらそれは否定である。また、エゴを手放せと強要することもエゴだから、要するにエゴを持とうが手放そうが『どうでも良い』

全てに通じる事ですので、あげたらキリがないのです。
これを要約すると、
形ある物質も、形ない事象もすべて人の固定概念や物の見方で変化するものです。「こうだ」と固定されるものでは「ない」。
けれど、この世の中はその流動的な関係性をもって「ある」になっている。
また『どうでも良い』は依存や執着を伴うことがない。
すなわち
どうでも良い=自由への魂の解放ということです。

『空』がこのように諸行無常、縁起といった現象世界の構造を説いたものだということは私も私なりの言葉で理解できました。

しかし、『空』にはもう一つの側面が感じられます。
空は宇宙、科学さえも悟っているかもしれないというところです。
仏教と科学の親和性、これらは古くから哲学者、物理学者など多くの賢人の間で言い尽くされたことですが、
私は靈氣の師範であり日頃宇宙エネルギーに携わる人間として、現在量子力学が示す『素粒子レベルにおいて、物質は粒子であると同時に波である』を、靈氣というエネルギーを通して体感として感じています。

今後、未来には更なる量子力学の発展によって『すべての物質はエネルギーの揺らぎである』ということが実証ができる日が来るかもしれません。
しかし2500年ほど前に既ににそのようなミクロの世界まで見通していたかもしれない、と想像するだけで驚きとともに壮大なロマンを感じずにはいられません。

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