生きるとは何か、死ぬとは何か

大丈夫だよ~叡智は光の中にある~

一瞥体験は「意図して起こるものではない」「そうなりたい、なりたくないと選べるものではない」という大前提こそありますが、何故私がその体験をしたのかということを振り返り分析すると、原因と経緯は見出せます。

出発点は『死』に直面したことからでした。
2016年、40代半ばで私は癌になりました。
しかも初期とは言い難く、顔つきも悪いという。
それまで私は「死ぬことは怖くない」と思っていたのです。ただ漠然と。でも『癌』に直面した時、一気に『死の恐怖』が襲ってきました。それまでの『死』の解釈は、
「この身に危機が起きていないから」
「今の自分には関係がないと思っていたから」
を前提にしていたのだと気がつきました。
現実的には誰が、今日明日どうなるかなんて分からないのに。

人間、日常生活で嫌な事があっても何日かすれば記憶は薄れます。
どうにかしてネガティブをポジティブに意識転換することも出来ます。
でも、『死の恐怖』だけは一度取り憑かれたらずっと側から離れないのです。ぬぐうことの出来ない強烈な『恐怖』が内側から絶え間なく湧き続けます。
私は『何故死は恐怖なのか?この恐怖からはどうやったら逃れられるのか』と恐怖から逃れる方法を模索していました。

人間の死亡率は100%だから、死ぬことはやっぱり仕方がないとしてもとにかく楽になりたい。
という切実な思いからでした。
でも考えれば考えるほど『死』が追いかけてくるのです。

結局これから始まる抗がん剤、手術に向けて私が出来ることは『思考停止』に陥ることでした。
そうしなければメンタルも体力も疲弊して治療が受けられなくなってしまうからです。実際に告知後一か月半の間に体重は12㎏落ちてしまっていて、医師や看護師の方々に「今は食べて寝てを最優先にして抗がん剤や手術に耐えうる体力をつけてください」と何度も諭されていました。
もう何も考えず人形のように思考停止のまま癌治療のベルトコンベアに乗ることを決めました。


治療期間中は、思考停止ながら治療出来るステージに感謝と少しの希望の光を見い出していたものの、心が揺れる出来事もたくさん経験しました。
抗がん剤室で隣り合った方から点滴中に
「私はステージ4で手術はできないから抗がん剤だけなの」とか
「20年前のがんが再発転移しちゃって今回はあまり治療法がないの」とかお話を聞くこともありましたし、同時期に治療をスタートしてよく励ましあっていた方にある日「転移しちゃって手術を受けられなくなってしまったの」と告げられたりで、楽観的になることなど到底できるはずもなく、いつも「紙一重のところにいる」という気持ちでいました。
また、ちょうど世間では私と同病の若い芸能人の方が転移で亡くなったニュースで大騒ぎしていた頃でした。

1年間の辛い治療を何とか乗り越えて、これからは寛解に向けて少しゆっくりと経過観察や術後のリハビリなどの治療に切り替えられる、と思ったタイミングで今度は転移の恐怖が襲って来ました。
思考停止をやめ、もう一度『死』と真剣に向き合わされることになりました。
今度は時間があるからこそ絶え間なく…例えて言うならば修行僧のように。

誰とも会わず、口も聞かず、テレビやネットも観ることもなく、家に引きこもりただひたすら『生きるとは何か、死ぬとは何か』を自問自答する日々が3年間続きました。答えが出ないので終わりがありませんでした。しかし結果的には、癌告知から1年の治療期間、3年間の自問自答までの一連の4年間のドン底が一瞥体験へと導きます。

ここで質問です。あなたがもし『悟りたい』と思うなら、もし選択出来るのなら、この4年間を選びますか?私なら決して選びません。でも選べないからこそこう言い換えることも出来ると思うのです。『私の魂がこの経験を選んで生まれてきた』と。私の魂はとても勇敢だということだけは分かりました。

そして、この『生きるとは何か、死ぬとは何か』の問いは、この後の一瞥体験により完璧な答えがもたらされることとなります。これによって4年間苦しみ続けた『死の恐怖』がまさに一瞬で消えたのです。「あ、そうだった。分かった」と衝撃的で、静かな答え合わせでした。

結論から申し上げますと、それは『魂の成長のため』と一言で言いきることができます。そう断言するに至るまでの経緯はまたの機会に。

© 2026 奈乙光 無断転載・無断引用を禁じます