一瞥体験者と霊能力者を混同される事が多くあります。
結論から言うと全く別のものであると私は考えます。
でも間違えるのも無理はないとも思います。
何故なら、当の本人である私も、当初同じものなのでは?と思っていたからです。実際に一瞥体験の後、「自分の身に何が起こったのか」が知りたくて、藁をも掴む思いでコンタクトを取ったのは、先祖代々霊能力を持つ方のところでした。
私には他に選択肢がありませんでした。
誰に聞いていいのか皆目見当がつかなかったのです。見かねた友人の紹介で関東から青森まで『何か分かるかもしれない』と、居ても立ってもいられずに駆けつけました。
「神様とは?」という初歩的なレクチャーから始まり、様々を教えて下さいました。
実は私はそれまで、初詣さえも時にはサボるような、神様仏様の世界に全く関心のない人間だったのです。
ですから「大いなるもの」を知ってしまったとしても、それが何なのか、スタートは切ったけれどどうすればいいのか、本当のところわけが分からなかったのです。
2時間ほどお話させていただいて、とくに来てよかった!!と思ったことは、
『私の体験したことは妄想でも間違いでもないようだ、目に見えない世界は確かに存在するのだ』と確信をもてたことでした。
帰り際先生に「心配しなくても大丈夫ですよ。数年後には道なき道を、大勢の人を引き連れて講演をしたりしていますよ。ご自分でも分かるはずですよ?」と言われました。
「え〜っ、凄い!!そんな事が分かるのですか?でも私は人前に立って何かをしたいとは思わないのです。」と驚く私に「やらなくてはいけないのですよ」と微笑んでお伝え下さいました。

色々と収穫の多いありがたい経験で、やっと『分かってくれる人』に出会えたと安堵しました。でもその一方で、根本的に私に何が起きたのか、どうしてこのような事になったのか、という核心の部分が解決しなかったのも事実です。
私の中には
『近いけど、違う…』
という直感から来る漠然とした寂しさが残りました。
一瞥体験者と霊能力者は違う。でも何が違うのか説明出来ない。これはずっとその後何年間も言語化に苦しみました。
何故ならば、その後も霊能力者に出会うことはあっても一瞥体験者には一度も出会えなかった為に『答え合わせ』が全くできなかったからです。
そういうわけで違いを見つけるたびに「私の感覚のほうが間違っているのではないか…」と度々自分を疑うところに舞い戻る日々でした。
後に調べていくうちに分かったのですが、一瞥体験者が『自分を疑う』事を繰り返すのは、よくある事なのだと知りました。
おそらくこういうことなのではないかと、自己分析しました。 霊能者、哲学者、宗教家には「体系」があります。
教義、理論、師匠からの伝承…
「これが正しい」という外側の根拠と歴史があるのです。
でも一瞥体験者の根拠は、自分の内側にしかないのです。だから「私が間違っているのでは」が頻繁に生じてその都度そこへ戻ってしまう、ということだと思います。
というわけで、苦肉の策と言いますか、
『私は霊能者ではありません。霊が視えたり聞こえたりしません。でも“分かる”のです』と私に関わる方には伝えていました。
分かりづらいですよね?
でもその時はそこまでしか言語化出来なかったのです。それがその時の精一杯の正直な言葉でした。
今にして思えばまだ『言語化幼児期』だったと思います。
そして今やっとその違いを自分なりに説明出来るようになりました。
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